離婚をすることによって、子供はどちらか一方の親権に服することになります。
しかし、親子の関係は切れることはありません。
離れて暮らす親子であっても、相続権はありますし、扶養義務も生じています。
他人になってしまうわけではないのです。
【子どもの権利条約9条3項】
締約国は、児童の最善の利益に反する場合を除くほか、父母の一方又は双方から分離されている児童が定期的に父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重する。
子どもの権利条約は、国連で採択され、日本も批准しています。
日本では、子どもの人権が軽視されているように感じます。
この、子どもの権利として面接交渉権を認める意味についての私の意見です。
【第1.子どもは親の所有物ではない】
親の親権に服している子どもでも、一人の人格を持った人間であるとの認識が必要です。
子どもが自分のルーツ(親)を知りたいと思うのは、当然のことです。
子どもの安定=一方の親を忘れさせる、ということではありません。
子どもが別れて暮らす親と接触を持つということは自己を確立していく上で、必要なことです。
離婚をすることにより、子どもにとっての親が1人になるのではなく、子どもにとっての帰属場所が2つに増えたという考えをもつことができれば、子どもは安心するのではないでしょうか。
【第2.配偶者の悪口を子供に聞かせない】
夫婦は、もともと他人ですから、相手のことを嫌いになったり、悪口をいうこともあります。
しかし、子どもにとっての親は、どんな親であっても、その子どものルーツなのです。
一方の親が、もう一方の親を悪く言うことを子供が聞いた場合に、子どもは自分自身の存在が否定されているように感じることがあります。
自分を否定したり、自分を嫌いになったりと非常に苦しみます。
配偶者の悪口を子供に伝える親は、自分を正当化したい、自分は悪くないのだと認めてもらいたいという欲求があります。
親に頼らねば生きていけない子どもに、その欲求をぶつけることはやめて下さい。
子どもは親から愛されたいがために、自分の意思を殺してでも我慢をします。
子どもが幼い場合には、チックなど体の症状となって表れることもありますし、無関心や年齢不相応なしっかり者として、心を守ろうとします。
【第3.子どもに離婚の責任を預けないで】
どちらが正しいか聞いたり、別れたほうがよいのか聞いたりすることは、子どもに責任を預けているということです。
子どもを人格のある人間として扱うのであれば、子どもが自分自身の考えを正直に伝えられる環境を作ってあげてほしい。
これは、憲法で保障された精神的自由権です。
自分自身の考えを表現することを否定された子どもは大人になったとき、自分自身の考えを持つことに罪悪感を覚えるかもしれません。
親は、子どもに自分自身の考え方を持ってよいこと、自分らしく振舞っていても愛されることを伝え、親よりも長い人生を生きていくであろう子どもの成長を助けることが必要だと思います。
【第4.大人になっても持ち続けるファンタジー】
親が離婚した子どもは、大人になっても、両親が揃っていれば、自分の人生は違ったかもしれないと思うことがあります。
時間を遡り、人生をやりなおしたいというファンタジーをもつこともまれではありません。
自分の子どもが大人になっても、自己の存在意義を求めて苦しむかもしれないということを考えて下さい。
離婚をしても、親との接触があり、両親から愛されているという実感できる状態をつくるのが、面接交渉です。
自由に子どもの意思で、親に会うことが可能である状態が理想です。
幼児の場合であっても、別れた親に会うことについて罪悪感を持たせない配慮が必要です。
【第5.両親から愛されたいと願っている】
どのような理由で離婚したにせよ、子どもは両親から愛されたい、認めてもらいたいと願っています。
誕生日・入学卒業・成人式・就職・結婚式などのときに、電話でもよいので、おめでとうといってもらいたいと思っています。
子どもにとっては、面接交渉は心の支えになっています。
別れて暮らす親は、面接交渉の約束は必ず守って下さい。
他の用事よりも、子どもが一番大切なんだということを示してあげてほしいと思います。
【第6.子どもを監護する親の再婚】
再婚をするので、面接交渉を拒否するということがよくあります。
子どもにとっては、親の再婚で子供自身の環境が変化し、また同時に別れた親にも会えなくなってしまったという精神面も考慮してあげる必要があろうかと思います。
年齢にもよりますが、子どもにとっては、再婚相手=新しい親 というふうにはならないことが多いようです。
元記事/2008.11.19 Wednesday/阿部マリ