そこに書かれていたのは、境界性人格障害の妻との離婚相談で幾度となく聞いたストーリーでした。
運命のような出会いをして、あっという間に恋をして、彼女のドラマに巻き込まれていく。
これを読んで、自分のことが書いてある!と驚く人は多いと思います。
自分の身に起きた不可解だった出来事やドラマのような展開のヒントが見つかるものと思います。
阿部マリ
以下、抜粋。
境界性パーソナリティ障害の人との出会いは、とても印象的で、心を惹きつけられるものがある。
一目見たときから、注意を向けずにはいられないような魅力とオーラを放っていることもあれば、放っておけないような、保護本能をくすぐるものを感じさせることもある。
明るく振る舞っているときでも、ふと横顔に寂しげな翳りがあったり、無理しているのを感じさせる瞬間があったりする。
繊細で、思いやりのある優しい気遣いを見せるかと思えば、突然、常識を超越したストレートな言葉で、痛いところをついてきたりする。
よく気のつくサービス精神旺盛な面と、こちらをドキッとさせる大胆な振る舞いのギャップに、枠にはまらない新鮮さを感じ、魅了されていくことも少なくないだろう。
しかも、驚くほど、あっという間に距離が縮まって、いつの間にか恋人同士のように親しい口を利き、甘えてくることも多い。
あなたは、相談に乗ってあげずにはいられない。
ときには、まるで魔法にかけられたように、この出会いが特別なものだと思い、そこに運命的なものさえ感じることもある。
個人的にすっかり親しい関係になり、プライベートな相談にも乗るようになり、互いの信頼関係が深まったと思った頃、突如あなたは、不可解な相手の言動に戸惑いを覚えることになる。
それは、たとえば、こんなふうに始まるかもしれない。
いつものように話をした後、あなたは手紙を渡される。「おうちに帰ってから読んで」という言葉に背いて、気になったあなたは、電車の中で封を切って読み始める。
すると、手紙には、「これで、もうお別れにしましょう。優しくしてくれて、ありがとう」と書かれている。
あなたは、その意味がわからず、混乱して先を読み続ける。「今別れなければ、きっと、私のことを嫌いになって、見捨ててしまうに違いありません」と、予言めいたことが書いてある。
あなたは、気になってすぐに連絡しようとするが、連絡がつかない。あなたは、もうパニックだ。
翌日の朝、やっと連絡が取れる。すると、その人もずっと泣いていたことがわかる。
あなたは心配で、仕事も放り出して、「今すぐ会いたい」と言う。
しかし、相手は「本当の私を知ったら、きっと、私のことが嫌いになってしまう」と謎めいた答えをし、泣きじゃくるばかりだ。
そんなことはないと説き伏せて、あなたは半ば強引に会いに行く。
ようやく会えたと思うと、あなたの前に現れたのは、いつもの魅力的なその人ではなく、暗い顔をして、沈み込んだ別人のようなその人だ。
あなたは戸惑いを覚えながらも、不憫な気持ちになり、その腕に抱きしめる。
どうしてあんなことを書いたのかと、その理由を訊ねるあなたに、その人は声を震わせながら打ち明け始める。
それは予想もしない、衝撃的な告白かもしれない。
あなたはその話に圧倒され、動揺するが、いっそう相手を守りたい気持ちに駆られる。
どんなことがあっても自分はそばにいるよ、と約束する。
それで安心したように、その人はあなたの腕の中ですやすやと眠り始める。
これで何もかもが一件落着したかのように思えるのだが、それは始まりに過ぎない。
その夜早速、寝入りばなのあなたは、不穏な電話に起こされる。「手首を切ってしまった。すぐ来て」と。
あなたの平穏だった日々は終わりを告げ、それから、まるでドラマのような毎日が始まることになる。
突然入ってくるメールや電話に、あなたは、ときめきよりも、不安と緊張を覚えるようになる。
いくらあなたが慰め、安心させても、五分と経たないうちに、またその人の気持ちが揺らいでしまう。
あなたが目の前にいて、優しい言葉をかけ続けていれば、落ち着いて明るい顔を見せるが、片時でも、あなたの姿が視界から消えると、不安定になってしまうのだ。
そうかと思うと、脈絡もなく、不信感をむき出しにしたメールや攻撃的な言葉で傷つけてくることもある。
少しでも気を逸らしたり、冷淡な態度をとったりすると、それだけで不機嫌になり、口も利かなくなってしまう。
突然、浴室やトイレにこもって、危険なことをする場合もある。
あなたは四六時中相手に縛られていると感じ、神経をすり減らし、それが次第に負担に感じられていく。
いっそのこと別れたいと思うときもあるが、もし危険なことをしたらと思うと踏ん切れない。
そんなある日、あなたの心の変化を感じたかのように、一通のメールが入る。
「これ以上、あなたの重荷になりながら生きていたくない。さようなら」
あなたは動転して、連絡するが、携帯もつながらない。タクシーで駆けつけ、部屋に飛び込むと、そこには睡眠薬を多量に飲み、手首を切って倒れているその人が・・・・。
これは、決してドラマチックに脚色した話ではなく、境界性パーソナリティ障害の人では、ごく当たり前に起こりうる状況である。
「幻冬舎新書 境界性パーソナリティ障害 岡田尊司 著」