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境界性パーソナリティの妻と別居から1か月で協議離婚成立(34歳男性)



妻とは同じ会社で出会いました。
私より9つ下の彼女は、かわいらしくて元気で明るく、家庭的で、私の理想とする魅力的な女性でした。

そんな彼女に引かれ、出会ってすぐに付き合うことになり、私も、彼女自身も結婚願望が強かったため、付き合ってから約3カ月半で婚約し、約半年で入籍しました。

しかし、その1年半後にはBPDが障害となり離婚してしまいました。

付き合う時に少し本人から話は聞いていたのですが、婚約した頃くらいから、感情的に怒ったり、泣いたり、極度に束縛したりすることが増えて来ました。

TVで芸能人を見て「かわいい」と言っただけで泣いて怒ったり、友人や親と連絡をとっただけで嫉妬してきたりと。

ただ、私もあまり恋愛経験は多い方ではなかったので、まあ若い女性ならこれくらいは仕方ないかなと思い、最初は気にとめていなかったですが、それは次第にエスカレートしていきました。

私の自宅の物を壊して暴れる、携帯を壊す、彼女自身の腕を自分の爪で傷つけるといったものでした。

そしてそんなある日、彼女から、

「私はおそらく境界性人格障害という病気だと思う」

と打ち明けられました。

小さい頃のつらい記憶や、人を信じられない事、毎日不安で、すぐに死にたいと思ってしまうことなど。

私は親身になって聞き、ひどく同情しました。

「何とか彼女の力になってあげたい、私だけでも味方でいてあげたい」と。

そして、私はこの時に決意しました。

妻の病気を理解し勉強し、結婚して寄り添って生きていこうと。

しかし、彼女のBPDの症状は重く、特に結婚してからはひどいものでした。

私が、グラビアアイドルを携帯で検索したのをきっかけに、拳で殴る、叩く、足蹴りする、食器などを投げつける、道でわめき出して土下座させ踏みつけるなど激しい暴力や、「死ね」「裏切り者」「嘘つき」「クソ野郎」などの暴言を浴びせられました。

そしてそれに反論すると、今度は包丁を持ち出して自殺をしてやると言い出します。

夜中だろうが、私が仕事に行ってようが、関係ありません。

突然思い出したように、月に1〜2回はそのようなことがありました。

また、一番ショックだったのは、結婚してから1か月後に、彼女は会社で働きながら風俗にも務めてしまっていたのです。

それはお金のためではなく、寂しさを埋めるためと、私に対して嫌なことをして、愛情を感じるためだったと思います。

辞めさせようとしても「裏切ったお前のせいだ」の一点張りで会話にならなかったのですが、それでも何とか風俗の店長に私から電話をして、辞めさせました。

しかし、またしても、今度は結婚式の1ヵ月後に風俗で働き始めてしまったのです。

携帯は、GPSで監視出来るような子供用の携帯を持たされ、尚且つ妻以外とは一切連絡は取れず(親・友達・会社の人ともダメ)、履歴も全てチェックされました。

お小遣いも、結婚した当初は月に3万円程度でしたが、次第に減っていき、最終的には5千円になっておりました。

彼女は会社も辞めてしまい、日に日に症状はひどくなっていきました。

それでも、私は彼女を支えるために必死に勉強しました。

BPDの専門書を読み知識を増やし、具体的な対応の仕方、接し方、どうしたら回復に向かうか、そのためには配偶者はどうしたら良いかなど。

精神科の病院に付き添うこともありましたし、本を出している精神科医の先生に手紙を出したりすることもありました。

離婚する直前の2ヵ月間は毎朝仕事に行く前に彼女に手紙を書き、夜寝る前は少しでも彼女との時間を作ったりと。

しかし、BPDとの妻との生活は非常に苦しく、難しいものでした。

どこで爆発するかわからない不安、爆発したときの暴力・暴言、自殺の脅し、仕事中でも突然来るメールでの言いがかりなど。

専門書には、そのような場合でもあまり感情的にならず、冷静で一貫した態度を取ること。

良い時も悪い時も安心できる場所であること。

優しさが傷を癒すこと。

そのようなことが書かれていたので、実践するように心がけましたが、それは極めて困難なことでした。

また、妻自身も必死に自分と向き合いながら、懸命に生きてました。

毎日死にたいと思いながら、どうしようもない感情をノートに綴り、私よりたくさんの本を読み、少しでもBPDから回復することを信じて。

彼女の夢はお嫁さんになることと、ママになることでした。

結婚をして、子供を産んで、どこにでもあるような普通の家庭を築き、夫と子供と仲良く暮らし、小さくても良いからマイホームを持ち、公園などでピクニックをし、かわいくて優しいママでいること。

私はその彼女の夢を何とかかなえてあげたかった。

自分の人生をある程度犠牲にしても。

なので、暴力・暴言を受けても出来る気切り冷静に接し、優しくしておりました。

そして、少しずつですが、彼女のBPDの症状は回復に向かっておりました。

特に、阿部さんに相談する2ヶ月前に、

「暴力だけは耐えられない。このまま暴力が続く様なら離婚したい。離婚届もらってくる」

と本音を伝えてからは、本気で変わらなきゃいけないと思ったようで、暴力・暴言・自殺をほのめかす行為などは、減っておりました。

しかし、やはり彼女のDVは治りませんでした。
TVを観ていたら突然激昴し、暴力を奮われたのです。

私はもうこの環境に疲れ果て、肉体的にも精神的にも限界にいたり、日常生活に支障もきたしていたので、離婚をするなら今しかないと思い、阿部さんに電話して、その日の夕方に阿部オフィスに伺いました。

阿部さんからは、そのような状況であれば、すぐにでも家を出て構わないとのことだったので、もうその日から、何も持たずに実家へ帰り、別居となりました。

また、阿部さんからのアドバイスで、暴力の証拠となる診断書も念のため取ったほうが良いと言われたので、たまたまその時にアザが残っていたので診断書も取りました。

そしてその別居から2日後に両家顔を合わせて協議となりました。

協議までの2日感、彼女から立て続けに
「病気を治すために努力する、自分を変えたい、暴力を奮って申し訳ない」
などの連絡が来ましたが、私は一貫して離婚したい意思を伝えました。

もう後戻りは出来ないし、ここでの中途半端なやさしさはさらに彼女を傷つけると思いました。

協議では、妻の父親が離婚を受け入れない姿勢でしたが、私の父親も巻き込み、父から妻の父親へ、暴力の証拠となる診断書の件や、風俗の件などを説明したあとは、すんなりと離婚は成立しました。

その後は妻の母親を通して、あまり間を空けずに、メールや手紙で、財産分与や慰謝料の条件の提案を行い、離婚協議書などを結びました。

私は妻と結婚したことに対して、全く後悔は無かったですし、妻の事を憎んだり、恨んだりする気持ちは一切ありませんでしたので、その正直な思いも、彼女の母親に伝えました。

そして、別居から約1か月後には、財産分与、慰謝料の受領まで全て完了しました。

夫を失い、仕事を失った彼女は今どうしているのかと思うと、胸が張り裂ける気持ちになります。

私と結婚しなければここまでどん底に落ちる事も無かったのではないか。
もう少し一緒にいたら、BPDは回復していたのではないかと、罪悪感にかられることもあります。

しかし、このタイミングで離婚に踏み切ったことは間違っていなかったと思います。

BPDは本当に辛い心の病気だと思います。

本人が一番辛いのは間違いないですが、寄り添う人も非常に辛いです。

私と同じような境遇で苦しんいる人も多いかと思います。

私はこの経験を経て学んだことは、BPDは治る可能性はある、しかしそれは非常に困難な道で時間がかかり、一人で抱え込えこむと潰れてしまう、ということです。

妻の反対を押し切ってでも、もっと早い段階で妻の両親に全てを打ち明け、相談していればよかったと思います。
状況は少し変わっていたかもしれません(変わらなかったかもしれませんが・・・)

彼女がBPDから回復し、幸せな人生を歩むこと。

BPDで苦しむ人が少しでも減ることを私は心から祈っております。

阿部さん、支援していただき、誠にありがとうございました。


【阿部コメント】
1.夫が家を出て別居をしてから約1か月後に協議離婚成立です。

離婚成立後に条件を取り決めています。

別居→離婚届を提出(協議離婚成立)→条件提案→離婚協議書作成→財産分与と慰謝料の受領。

2.境界性パーソナリティ障害の妻との結婚生活はわずか1年半でした。
結婚した翌月から妻から夫に対する罵倒と暴力が始まりました。
きっかけは妻の根拠のない嫉妬妄想です。

妻から夫に対しての暴力は、拳や物で殴る蹴る土下座をさせて頭を踏みつけるなど激しいもので、妻自身は自分で包丁やカッターを持ち出して死んでやるとわめきます。

暴言暴力は月に1〜2回のペースで繰り返されました。

ただ、妻には病識がありました。自分がBPDであるとの自覚があったのです。

BPDの妻は不安で苦しくて寂しくて空しくて感情に支配され好きな人を傷つけて、それをどうにかしようと勉強しても努力してもどうにもならなくて、そういう自分をなんとかしたいともがいていました。

夫は、そんな妻を理解しようと、BPDの妻を支える方法を勉強し、精神科の治療に付き添い、献身的にサポートしてきました。

でも、激しい暴力や暴言、妻の自殺の脅し、月5千円の小遣い、GPSでの監視やメールのチェックをきっかけとした言いがかりなど、夫は心身ともに疲れ果て、ある日自宅に帰るのが恐ろしくなり阿部オフィスに相談に来られました。

3.別居
妻からの身体的暴力はエスカレートしており危険があると思われたので、家に戻らない方がよいこと、今後の進め方、怪我の診断書をとっておくことなどの話しをして、その後親御さんも交えて打合せを行い方針を定めました。

その時の私の見立てでは3か月以内に離婚は成立するというものでしたが、それより早く1か月で協議離婚は成立しました。

4.阿部コメント
これまで私が支援した中で一番の早期解決でした。

別居に踏み切るタイミング、離婚の決心から行動が早かったこと、一貫した態度、親を巻き込んだこと、そして、紛争を避けようとする気持ちがスピード解決につながったのだと思います。

『自分の人生をある程度犠牲にしてでも』相手を幸せにしたいと暴力を受容してしまう傾向がBPDのパートナーにはあるように思います。

でも、暴力にさらされて自分を犠牲にして生きていいはずがありません。

自分を犠牲にして相手に幸せを与えるのではなく、自分の幸せを追究できる人が相手を幸せにできるのだと思います。

DVや虐待の支援者の本やPTSDの治療に関する本には、よく彼女のような人のことが書かれています。
少し抜粋します。

「自傷行為や解離などの複雑な問題を抱える患者では、親密な対人関係において問題を抱えることが多い。患者は保護を求め、またその対象から見捨てられる不安を絶えず抱えている。そのため、ケアを提供してくれる相手を理想化し、その関係に固執し、絶えず自分に対して関心を向けることを要求しがちである。しかし、その対象となった相手が、患者の期待を満たすことができなかったり拒否的になった場合に、相手に失望し、怒りをむけるようになる。」(Herman,1997,van der kolk,1996)

日時:2018年1月13日 13:29
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